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装飾写本の作り方
中世の装飾写本の作り方をご紹介します。
「中世の写本」とは言っても、時代、地域、流派、用途ごとにかなりのバリエーションがあります。ここでは、中世末期(ルネサンス初期)15世紀末時祷書の代表的な作り方をご紹介します。 中世の写本作りは、羊皮紙作成はもちろん、筆写、彩色、製本など、工程ごとにそれぞれ違った職人が担当する分担作業です。その点は現在の本作りでも同じです(ライター、DTP、印刷製本)。

* 時祷書とは、キリスト教の平信徒が持つ祈りの書です。聖人の記念日が書かれた1年のカレンダーから始まり、4福音書からの抜粋、聖母マリアへの祈り、聖母マリアの時課、十字架の時課、聖霊の時課、死者の時課、告解詩篇、そして追悼聖務という各セクションがあります。

スタンダードな内容に加え、各土地の聖人の記念日や祈りを追加したり、逆にセクションを削除したりしてカスタマイズしたものも作られていました。


■ 羊皮紙の準備

本を作るためにはまず羊皮紙が必要ですが、どのくらい用意すればよいのでしょうか。
羊皮紙は1頭からA4サイズで言うとだいたい6枚とれます。A6サイズで400ページの本を作るためには、だいたい9頭分の羊皮紙が必要です。仮に今の値段で1頭1万5000円とすると、羊皮紙の材料費だけで13万5000円かかる計算になります。

出来上がったばかりの羊皮紙は、一頭分の動物の形のまま巻かれた状態です。厚さもまだ本にできるほど薄くはなく、だいたい0.3mm〜0.4mmほどです(参考:1000円札は0.1mm)。大型の典礼本や大型聖書などはこのままの厚さで使用しますが、小型の時祷書の場合、さらに削って薄くする必要があります。

ただ、羊皮紙職人の大きい木枠のまま0.1mmレベルに薄くしようとすると、破れたりシワがよったりしますので、木枠から外した状態で軽石などで削って薄くします。また薄すぎて裏側の文字が透けるのを防ぐために、片面に白色塗料を塗る場合もあります。
中世中期の修道院では修道士たちが自ら処理していたようですが、末期になると羊皮紙屋が「削りサービス」や「研磨サービス」も行っていたようで、当時の記録には「羊皮紙代いくら、研磨代いくら・・・」と羊皮紙作成とは別の項目として顧客に請求していたという記述が見られます。

できたての羊皮紙 薄くするため再ストレッチ 小型枠で作業する
12世紀の修道士

薄くした羊皮紙を本の見開きサイズに切ります。
このままでは、まだ脂が残っていてインクをはじいてしまったり、逆にインクがしみこみすぎる箇所など表面状態が均一でないので、パミス(軽石)の粉で脂を吸収したり、ガム・サンダラックという樹脂の粉末を散布してにじみ止めをしたりして適切な表面処理をします。

ガム・サンダラックの粉


羽ペンの作成

羊皮紙といえば羽ペンですね。羽ペンは、主にガチョウの羽軸を削って作ります。


羽は鳥の右左によってカーブの仕方が違うため、手にフィットさせるため右利き用のペンは鳥の左の翼から、左利き用は右の翼からとります。映画などでは優雅に見える羽ペンですが、実際は羽毛の部分はジャマなのでばっさりと切り取ってしまいます。(羽毛をチョロっと残しておくとおしゃれ)

ペン先を作るには、まず砂を温めて、その中に羽を刺してしばらくおきます。こうすることで、軸が硬くなります。(ちなみにイスラエルでは、気候がもともと乾燥しているせいかこの工程は省かれています)。
それから軸をナイフで削っていき、真ん中にインクが流れるように切り込みを入れます。最後に幅やエッジを調整して完成です。小型の時祷書のペン幅を計測してみると、0.8〜0.9mmほどにペン先を調整して使用している例が多くみられます。


ただ、日本で売っている羽の軸は細くて弱いですので、実際の中世の羽ペンを作るには、羽を海外から輸入する必要があるかもしれません。

インクの調合

インクには、顔料を筆写素材に付着させる「顔料インク」と、筆写素材そのものを変色させる「染料インク」があります。羊皮紙に用いられるインクの多くは「没食子インク」と呼ばれる染料インクです。没食子インクの主成分は「タンニン」と「酸化鉄」です。タンニンが羊皮紙のコラーゲン繊維を化学的に変形させて強い結びつきを作り、含まれている鉄が空気に触れることで酸化して黒くなる性質を持ちます。作りたてのインクの場合は書いてすぐは少し色が薄めで、どんどん黒くなっていきます。逆に、時が経つにつれて茶色く変色していきます。中世の写本に茶色い文字が多いのは、多くの場合もともと茶色いインクで書かれていたわけではなく、この没食子インクが変色した結果なのです。
中世の写本の文字を10倍に拡大 「m」の部分を200倍に拡大

● 作り方

「没食子インク」とは、植物の「虫こぶ」とよばれるふくらみと、鉄、アラビアゴムを混ぜてつくります。「虫こぶ」とは、蜂の一種が樫の木などの枝に卵をうみつけた際に、その異物に対してタンニンという成分を分泌して大きく膨らんだ部分を指します。


虫こぶを細かく砕いて、しばらく水に浸し、弱火で煮ます。これによって、虫こぶのタンニン成分が抽出されます。この溶液を濾して、防腐対策として、酢やワインを加えます。煮ることはせずに、長期間雨水(純水)に浸して虫こぶを腐食させてタンニンを抽出するレシピもあります。


この茶色い溶液に、鉄を加えます。一般的には、「硫酸第一鉄」という物質を用います。昔は地表に自然発生したものを使ったり、焼けた鉄のナイフを入れたりしていました。また、錆びた釘に硫酸をかけた溶液も使用されていました。

硫酸第一鉄

硫酸第一鉄を上の茶色い溶液にくわえると、化学反応で溶液が黒に変色します。これが、没食子インクの「黒」です。鉄がタンニン酸に反応し、「酸化鉄」となり、黒色になるのです。

このままでは、シャビシャビなので、アラアビアゴムを適量混ぜて粘度を調整します。


没食子インク完成


文字の筆写

羊皮紙、インク、羽ペンの準備が整ったら、いよいよ筆写に入ります・・・が、その前に、ガイドラインを引かなければなりません。昔だから勢いで書いたように思われがちですが、筆写の前に入念にレイアウトを決めて、現代のパソコンのレイアウトソフトで表示されるようなガイドラインを全ページに書き込んでから筆写をしたのです。下の写本は、装飾を入れる前で止まってしまったイタリアの写本です。イニシャルを入れる場所などがしっかりプランされていることがわかりますね。

1470年頃のイタリアの時祷書。
四角いスペースには「O」のイニシャル、周りには装飾が入る予定だった。(パリで購入)

さて、やっと筆写に入りますが、時祷書などの内容はほぼ決まっていますので、写字生は「タネ本」をもとに筆写します。
時祷書の内容はどれも似ているのですが、地域や注文主の好みによってバリエーションがあります。
時祷書の文字数は、モノや地域にも大きく左右されますが、だいたい14万文字前後のものの場合、単純に1文字1秒のスピードで1日4時間筆写すると、計算上は完成までに10日ほどかかることになります。ただ人間ですので疲れたり、失敗して修正したりする時間も加えるともう少し時間はかかったことでしょう。また一冊を複数の職人が分業で書き上げる場合も多く、効率的に写本制作が進められていました。

日本の文化ですと、ものを書くときは机にそのまま紙を置いて書きますが、中世ヨーロッパではかなり急な傾斜台を使っていたようです。このようにすることで、首の疲れを最小限に抑え、また羽ペンからインクが垂れても直接羊皮紙に落ちないようにしました。

中世末期にフランスやフランドルでは、「ゴシック」や「バタルド」といった書体が使われ、かなり角張った文字で書かれています。

羊皮紙に書き間違いをした場合は、インクが乾いた後にナイフで削ることによって比較的きれいに消えます。間違いをただ単に赤い取り消し線で消すだけの修正方法もありました。オレンジの果汁で拭いても消えます。

1450年時祷書。一行前の単語につられて
「turbatus」を繰り返してしまい、赤線で取り消し。

赤線部分を10倍に拡大。
まず黒いインクで取り消し線を引いて
、あとでわざわざ赤いインクで文字の線を避けながら
線をなぞっている。

訂正にも美意識が伺えます。


金箔貼り(ギルディング)

装飾写本の一番の魅力は、なんと言ってもまばゆい金箔でしょう。英語では装飾写本のことを「Illuminated manuscript」と言いますが、この金箔の輝きを以ってそのように呼ばれます。

1470年時祷書のイニシャル「D」と葉の金箔

金箔部分を見ると、少し盛り上がっています。この盛り上がりがあるおかげで、本物の金の塊のように立体的になり、様々な方向からの光を反射します。
金箔を貼る前に、まずこの下地を作ります。下地は「ジェッソ」と呼ばれ、、以下の材料を混ぜて作ります。

・ 鉛白、石膏、魚ニカワ(チョウザメの浮き袋)またはうさぎニカワ、砂糖または蜂蜜、アルメニアンボーロ(赤土)

左:うさぎニカワ、右:チョウザメの浮き袋(ニカワ材料

15世紀イタリアの画家チェニーノ・チェンニーニは、羊皮紙の切れ端を煮てつくる「羊皮紙ニカワ」でジェッソを作ると書いています。
羊皮紙の切れ端を煮て作ったニカワ

ジェッソを金を張りたい箇所に羽ペンでたっぷりと塗ります。そのまま3日ほど乾燥させます。乾燥したらメノウ棒で磨きます。赤土の混合比は地域によって異なります。クリストファー・デ・ハメルの著書「Scribes and Illuminators」によると、ドイツとフランドルは茶色に近いくらい混ぜ、イタリアはピンク、フランスはほとんど混ぜずに真白という傾向があるようです。確かにいままで実際に見たフランスの写本の下地は全て白色でした。ただ、大英図書館で見たイタリアの写本の下地は茶色に近い色でしたので、あくまでも「傾向」なのでしょう。ジェッソの色は、金箔の見た目に微妙に影響します。また金箔が剥がれたときに赤っぽい方が目立たないという意味合いもあります。

金箔を置く前にジェッソに温かい息を吹きかけて湿らし、金箔を置いて布で抑えて固着させます。余分な金箔を筆で落とし、金箔を動物の牙やメノウ棒で研磨して光沢をだします。

金箔貼り用具: 箔台、箔ナイフ、箔ハケ、メノウ棒2種類(先端にメノウがついています)

ジェッソ塗り 金箔置き メノウ棒で研磨 筆で余分除去


金箔貼り完成


装飾・彩色

まだ絵具のチューブが無いこの時代には、絵具の作成から始まります。

絵具の元となる顔料には岩を砕いた粉末や植物染料から作ったレーキ顔料などが用いられました。

<顔料の例>
・赤: 赤土、鉛丹、辰砂、スオウ、カイガラムシ
・青: ラピスラズリ、アズライト、大青
・緑: マラカイト、テールベルト、緑青、サップグリーン
・黄: オーピメント、スティルドグランなど…

上の列左から: オーピメント、レアルガー、スオウ、チョウザメの浮き袋(ニカワの原料)
真中の列左から: 緑青、鉛丹、辰砂、カイガラムシ
下の列左から: マラカイト、アズライト、ラピスラズリ、鉛白

中世の顔料が書かれている写本。サンゴやイカも書かれています。
フランス国立図書館蔵 1520年 Liber de simplici medicina (Ms. Fr 12322. fol. 191v)
(パリ クリュニー中世博物館にて特別展示中だった写本を撮影)

顔料は、ただ砕いてできるものもありますが、ラピスラズリや鉛丹のように、抽出作業や加熱処理をして出来る顔料もあります。例として、「マシコット」というオレンジ色の作り方をご紹介します。

●マシコットの作り方
鉛白をローストする だんだんオレンジ色に変色
(もっと高温で処理すると赤い鉛丹になります)


●顔料を塗る (卵白テンペラ)

顔料はそれだけを水に溶いても乾くとすぐ剥がれてしまします。固着させるためのバインダーとして、主に卵白を使用します。卵から卵白のみを取り出し、あわ立ててメレンゲ状にします。一晩置いて泡を落ち着かせた液体に顔料を溶いて使用します。青は特に粒子が粗いため、固着力の強いアラビアゴムなどの樹脂が用いられる場合もありました。羊皮紙ニカワを使うこともあったようです。

イニシャル「C」の青(アズライト)がはげています。
1450年フランス時祷書

色は金箔を貼った後で塗ります。これは、金箔を磨く際にメノウ棒が絵具部分にあたってしまうと不必要に彩色部分がテカテカするため、それを避けるのと、彩色部分に金箔がつくと上塗りする必要があるからです。また、金箔がはみ出たところも彩色を後からすることでカバーでき、エッジがシャープになります。
先ほど金箔をはったイニシャルを彩色すると下のようになります。


装飾イニシャルの他に、周囲のボーダー装飾、文字ブロックの隙間を埋めるラインフィラー、そしてミニアチュールを描きいれます。

ボーダー装飾 イニシャル ラインフィラー ミニアチュール

ボーダー装飾には、アカンサスという植物のモチーフが多く使われました。上のボーダー装飾写真の青と金で描かれている唐草模様のような植物です。実際のアカンサスは下の写真ですが、写本に描かれるものは様式化されており、実物とはちょっと違った感じです。
うちのベランダで育てたアカンサス。悲しいことに枯れてしまいました。

装飾はとても華やかですが、実際に描き入れていく作業は非常に地道で根気のいる作業なのです。2、3ページならまだしも、数百ページ作業をするとなると、気が遠くなります・・・。

実際に描いてみた作品です。この見開き描くだけでもたいへんだったのに・・・

ただ、全てのページがこのように装飾されるわけではなく、各セクションが始まる最初のページのみ装飾される場合がほとんどです。



■ 製本

装飾ができて終わりではありません。すべてのページを集めて、本の形式に綴じる必要があります。

本は、中世でも現代でも「折丁(おりちょう)」の単位でまとまっています。中世では多くの場合、16ページ(8枚)でひとつの折丁をかたちづくっています。
折丁 (時祷書のレプリカを作って撮影)

この折丁をいくつかまとめて本のかたちになります。まとめる際に、正しい順番に並べられるように、文字を筆写する段階で、「次の折丁はどの言葉からはじまるか」を示す、次の折丁の最初のことばが折丁の最後のページ最下部に書かれます。これを「キャッチワード」といいます。

1450年の時祷書。キャッチワード「cum illo.」

中世の本を見ると、本の背に凸凹が見えます。これは、表表紙と裏表紙をつなぐ紐で、ここに折丁を糸で留めます

中世写本の「背」 (パリ クリュニー中世博物館にて撮影)
折丁の縫い付け作業


表裏の表紙となる木の板に穴を空け、紐を通します。最後に皮などでカバーをして、完成です。 最終的にこのカバーに装飾を施したりします。 あと、羊皮紙は湿気によってうねって本が開き気味になりますので、本を閉じておく金具やベルトを表紙取り付けます。

本を閉じておくストラップ付きの時祷書
1500年 Livre d'heures a l'usage de Rome
フランス クリュニー中世博物館蔵 inv. Cl. 23841

ゴシック製本のカットモデル

様々な時代のカットモデル。左から: ビザンティン製本、カロリング製本、ロマネスク製本、ゴシック製本


■ 完成

カーフレザー装丁+シトリン装飾
ピッグスエード装丁
オリジナル写本(上の装丁の本)
時祷書レプリカ(上の装丁とは別)
(実際はまだ途中で止まってます・・・)


A6サイズ時祷書の推定金額

中世の時代、このような時祷書を委託して作るのにはどれくらいのお金がかかったのでしょうか。あくまでもざっくりとした推定ですが、現代の金額にするとこのくらいでは?という金額を算出してみました。


・ 羊皮紙12頭分:120,000円
・ 筆写(365枚@2000円):730,000円
・ イニシャル装飾(一式):50,000円
・ 細密画(大)8点(@20,000円):160,000円
・ ボーダー装飾全ページ(@1,000円):360,000円
・ 製本(一式):50,000円
・ その他材料など:50,000円
・ プロジェクト管理費5%:76,000円
・ 合計:1,596,000円

あくまでも推定ですが、現代の値段に直すとこんな感じかなと思います。

今では4〜5000円出せば立派な本がすぐ買えますが、この時代はこのような大金を払って本を買ったんですね。




以上15世紀時祷書の作り方の一例をご紹介しました。


おまけ 〜 「皇帝の羊皮紙」 紫羊皮紙の作り方 〜

白い羊皮紙のほかに、紫の羊皮紙で作成された写本があります。元々ローマやビザンティンの皇帝のための写本用に特別に作られていたもので、のちにカロリング写本などにも使用されていました。紫は皇帝の色として、特別な写本のみに用いられました。

貝から採取した貴重な「貝紫」で染色したものもあれば、ブラジルウッドなどの植物染料で染めたものもあります。
ここでは、ブラジルウッドの染料で染色する工程をご紹介します。

ブラジルウッドの木を煮てた染料
羊皮紙を15分くらい染料に浸す
(冷めた状態で)

木の枠にピンで留めて
伸ばしながら乾燥
完成!!

様々な染料で染めた羊皮紙

ここに銀泥や金泥で文字を書きます。以外と簡単にきれいに染まるものです。



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