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Parchmentology 羊皮紙研究

ここでは、中世写本羊皮紙を実際に観察、計測してわかったことなどをまとめています。羊皮紙の研究を勝手に「Parchmentology(羊皮紙学)」と名づけました。


■ 中世ヨーロッパ羊皮紙の表面分析

中世ヨーロッパの羊皮紙はどのような表面性なのでしょうか。ポスターのようにツルツル?それとも和紙のように粗めなのでしょうか。

羊皮紙の種類はさまざまで一概には言えませんが、コピー用紙を少しざらつかせた感じでしょうか。現代の紙と同じように、羊皮紙も用途によって調整していました。ペンを走らせたい場合や金の絵具を輝かせたい場合はツルツル(公文書やビザンチンの写本)、細密画などのある写本では絵具のはがれを防止するために表面を粗くしています。ベルベットのような手触りの羊皮紙も数多くあります。

15世紀後半の北フランスで作られた彩色入りの時祷書の表面断面波形で見てみると、ティッシュペーパーの表面と似ていることがわかります。この凹凸で絵具やインクのはがれを防止していたと考えられます。実際、約540年前のこの写本は、昨日描いたかと思うほどきれいに絵具やインクが残っています。

 

<表面凹凸断面の比較> (幅約3mmの範囲の粗さ。200倍に拡大)

1470年時祷書 毛側 同時祷書 肉側
A4コピー用紙 ティッシュペーパー

(波形の取得方法: 側射照明にて200倍拡大撮影し、画像の任意位置での水平輝度波形を取得)

ある程度の粗さをもたせることで、金箔下地や顔料の食いつきを良くしています。この粗さを作るために、中世の羊皮紙作成は、「羊皮紙職人」のほかに、「フィニッシャー」と「ポリッシャー」と呼ばれる職人がいました。彼らが羊皮紙を薄く削ったり表面に顔料が乗りやすい加工を施していたのです。


厚さ

羊皮紙作成作業のほとんどは、「分厚い原皮を紙のような薄さにすること」と言えるでしょう。
時祷書のような小型本の厚さは約0.1〜0.2 mm です(参考:千円札が0.1 mm)。羊皮紙職人は、その薄さにするために、ひたすら皮を削ります。

9世紀〜18世紀までの羊皮紙110枚の厚さを計測した結果、一番薄い羊皮紙は13世紀フランスの聖書で0.07mm、一番厚い羊皮紙は12世紀ドイツの大型聖書で0.47mmでした。(平均0.20mm、中央・最頻値0.19mm、標準偏差0.07mm)


14世紀聖務日課書の計測。厚さ0.18mmと表示。平均的な厚さ。
ただし、同じページでも場所によって厚さはさまざまです。

原皮の状態では乾燥状態で約1mmあるのですが、それをひたすら伸ばして削り、最終的には原皮の20〜10%の厚さまでにします。(実際この「削り」の作業が一番体力を使います。)




填料と塗料

羊皮紙は不透明度を高めるために、白い炭酸カルシウムの粉が使われます。時祷書などの冊子用の羊皮紙はこの粉を線維に刷り込んだりペースト状にしたものをごく薄く塗ってあり、公文書用の羊皮紙にはペースト状の塗料が比較的厚めに塗られています。

 
写本の文字部分をを200倍に拡大。文字のインク部分に白い粉が見えます。

イスラムのコーラン、ユダヤのトーラーには填料や塗料は使用されていません。特にユダヤ教は塗料を使用した羊皮紙を「マシュアー」(塗られた)羊皮紙として聖典筆写には適切ではないとしています。


インクの種類と下地

羊皮紙に使用されるインクとしては、主に「没食子インク」という染料インクが使用されています。染料インクのほかにも、顔料インク、染料インクに顔料を混ぜた「ハイブリッド」があり、それぞれに耐久性が異なります。また、羊皮紙に炭酸カルシウムの粉末を刷り込んでいるか、塗料を塗布しているのかによっても耐久性に差があります。下の4種類のサンプル写真を見ると、最も剥がれ耐性があるものは、粉末を刷り込んだ羊皮紙に染料インク(もしくはハイブリッド)での筆写、最も退色耐性があるものはハイブリッドインクということがわかります。

14 世紀時祷書 18 世紀公文書 19 世紀エチオピア聖書 19 世紀ユダヤ教トーラー

粉末下地+染料 塗料下地+染料 粉末下地+顔料 無処理下地+ハイブリッド


羊皮紙を燃やすとどうなるの?

羊皮紙の「イメージ」として、まわりが黒く焼けたイメージがよく想像されます。
実際に羊皮紙を燃やしてみるとどのようになるでしょうか。
羊皮紙の焼け方を見るために、幅1cm、厚さ0.11mmに調整した羊皮紙と、幅・厚さとも同じ紙を比べてみました。羊皮紙と紙を固定し、着火後、先から1cm の位置まで燃焼する時間差を計測しました。

その結果、紙は着火後約2秒で1cmまで燃焼。一方羊皮紙は、着火しにくく、また1cmに達する前に自然消火してしまいました。その代わり、激しくカールします。


<燃焼前: 左:羊皮紙 右:紙>   <2秒燃焼後: 左:羊皮紙 右:紙>

この結果から、羊皮紙は紙よりも燃えにくいことがわかります。考えられる理由としては、羊皮紙の方が線維の隙間にある空気の量が紙より少ないため、すぐ消火してしまうものと考えられます。


ブラックライトで見えるもの

市販のブラックライト(UVライト)を写本に照らすと、思わぬ発見があります。


UVライト
約1000円で売っている普通のものです。

1. 水に濡れて見えなくなってしまった文字

写本や公文書などは保存状態が悪いものも多く、水に濡れてしまったり、湿気にさらされることにより文字が見えなくなってしまうことがあります。UVライトを見えなくなった箇所に照射すると、消えてしまったはずの文字がはっきりと浮き出してきます。
1765年フランス トゥールの公文書
水に濡れて文字が消えています。
UVライトを当ててみます。
通常光 UVライト照射。
文字が黒く浮き出します。

(実際にはもっとはっきりと見えます)

2. 羊皮紙を削って文字を修正した痕跡


UVライトを写本に照射すると、通常光ではそれほど目立たない痕跡を引き立たせることができます。下の写真は、1470年頃のイタリアの写本にUVライトを照射したものと通常光の比較です。



通常光

UVライト照射。
真ん中の "pietatis" の "pie"の部分が
黒くなり、修正されていることがわかります。

1、2の例のように、UVライトを照射することで、消えてしまった文字や削られた痕跡などを目立たせることができるため、ある文章の下に削り取られた別の文章が発見されることもあります。このような削り取られた写本のことを「パリンプセスト」といいます。「パリンプセスト」とは、ギリシア語の「パリン」=「再び」、「プサオー」=「削り取る」、つまり「削り取られて重ね書きされた羊皮紙」のことです。上の写本の場合は単なる間違いの修正ですが、中には文書の意図的な改ざんや、古代の重要な文書が発見されることもあります。

3. 顔料の下塗りの有無

UVライトを装飾写本の装飾部分の裏に照射すると、顔料を塗る前に白で下塗りをしてあるか、また金箔をはる下地(ジェッソ)の色が白いかどうかを確認することができます。



装飾部分

左の装飾ページの裏

UVライト照射。
白い下塗り部分が光ります。
赤の下地と金箔の下地に白を使っていることがわかります。

ただし、厚めの羊皮紙だと色が透けないので見えない場合があります。上の写本は薄いフランドル地方の羊皮紙に書かれた写本なので、下地がはっきりと見えます。

4. 毛穴パターン

ヨーロッパの写本は毛側が削られていて毛穴が除去されています。外見では動物の判断ができません。UVライトを照射することで毛穴のパターンを浮き立たせることができ、動物や部位の特定、切られた方向などの特定に役立ちます。下の写本は1470年イタリアのものです。


通常光

UVライト照射。
削られていて通常光では見えない
毛穴のパターンがわかります。
この並びはおそらく山羊皮でしょう。

羊皮紙の「隠された」メッセージを探るのにUVライトはうってつけです!!そのうち大発見があることを期待して!


羊皮紙関連の主要文献

  • Clemens, Raymond and Graham, Timothy. Introduction to Manuscript Studies. Ithaca: Cornell Univ. Press, 2007.

  • De Hamel, Christopher. A History of Illuminated Manuscripts. London: Phaidon Inc Ltd, 1994.

  • De Hamel, Christopher. Scribes and Illuminators (Medieval Craftsmen). British Museum Press, 1992.

  • Fuchs, Robert. "The history and biology of parchment" Karger Gazette 67, 2004, pp13-16.

  • Larsen, Rene (ed). Microanalysis of Parchment. London: Archtype Publications, 2002.

  • Maimonides, Moses, (trans. by Rabbi Eliyahu Touger). Mishneh Torah: Hilchot Tefillin, Mezuza, Sefer Torah & Tzitzit. New York/Jerusalem: Moznaim Publishing Corporation, 1990.

  • Peignot, Etienne Gabriel. Essai Sur L'histoire Du Parchemin Et Du Velin. Charleston: Bibliobazaar, 2008.

  • Poole, J.B. and Reed, Ronald. "The Preparation of Leather and Parchment by the Dead Sea Scrolls Community." Technology and Culture, Vol. 3, No. 1 (Winter, 1962). The Johns Hopkins University Press on behalf of the Society for the History of Technology, 1962, pp. 1-26.

  • Reed, Ronald. Ancient Skins, Parchments, and Leathers. New York: Seminar Press, 1972.

  • Reed, Ronald. The Nature and Making of Parchment. Leeds: The Elmete Press, 1975.

  • Thompson, Daniel V. "Medieval Parchment-Making" The Library. 4th series, 16 (1935), pp113-117

  • Thompson, Daniel. The Craftsman's Handbook Il Libro dell'Arte by Cennino d'A. Cennini, New Haven: Yale University Press. 1933.

  • Watteeuw, Lieve. "Flemish manuscript production, care, and repair." Flemish manuscript painting in context: Getty Publications, 2006, pp. 75-86.


羊皮紙研究の現状と展望

写本の研究は数多く存在しますが、それを支えている羊皮紙の研究はほとんどなされていないのが現状です。

研究課題としては、ナノレベルでの成分分析、製造法の特定、地域・時代・用途による差異、他の写本製作技術との関わり、羊皮紙産業の変遷などが挙げられま す。ナノレベルでのコラーゲン分析などは、写本修復や保存のために特にヨーロッパで近年活気を帯びています。その一方、他の分野に関しての研究はほとんど なされていないと言えます。これは、信頼できるデータを包括的に収集するためにはそれなりの数の写本を計測したり、膨大な書類の中から中世の羊皮紙取引の 記録を探し出す必要があるからでしょう。

まだ進んでいない分野の研究を地道に続けることによって、さまざまな歴史的事実がわかってくる可能性があります。また羊皮紙の脂分の多寡の統計で時代ごとの家畜の餌の栄養状況がわかり畜産にも応用できたり、さらには羊皮紙を使用した最新テクノロジーが生まれるかも知れません。太鼓や三味線のように楽器には皮が使用されることが多いので、羊皮紙のスピーカーが生まれてもおかしくはないでしょう。歴史、文学、宗教、畜産、音楽、テクノロジー・・・。突き詰めれば様々な分野に応用できるのではないでしょうか。結果は未知数ですが、「羊皮紙学」= parchmentology には大きな可能性があることを信じて、研究に励みたいと思います。

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