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Parchment Journey vol. 4
羊皮紙紀行 Vol.4 〜 ヨーロッパ中世彩色写本の旅



羊皮紙紀行Vol.4は、ヨーロッパ中世彩色写本の旅です。
アイルランド、イギリス、フランス、ベルギーと写本の歴史を辿るルートを巡り、各地の図書館、博物館、その他羊皮紙関連施設をおとずれました。今回の旅では、羊皮紙写本の冊子69冊、零葉104枚、公文書14枚、巻物1巻、地図1枚の合計189もの羊皮紙写本を見ることができました。



旅のハイライトとして、大英図書館にて実際に9世紀カロリング朝、11世紀ビザンチン、12世紀ドイツ、13世紀フランスの写本を実際に手に取り閲覧し、それぞれの羊皮紙の特徴を器材を用いて計測することができました。



大英図書館入口


大英図書館写本閲覧室


アイルランド

写本の旅の始めに、アイルランドの首都ダブリンを訪れました。アイルランドでは、7世紀ごろすでに美しい聖書の彩色写本が作られていました。

まずは、ダブリンの中心に位置するトリニティカレッジを訪れ、アイルランドの至宝ケルズの書をはじめとするケルト写本の展示を見ました。初めて見るケルズの書は、まるで印刷のレプリカではないかと疑うほど、うねりのない平坦な羊皮紙に書かれていました。よく見ると、絵の具のツヤや凹凸が本物であることを物語っています。特に緑の部分に塗ってある天然の緑青マラカイトの厚塗りと、黄色の顔料である砒素系鉱物オーピメントの浮き出るような色彩が印象的でした。

トリニティカレッジ図書館



ケルズの書



続いて、トリニティーカレッジから徒歩15分程度のところにある、チェスタービーティーライブラリーを訪れました。ここには、ヨーロッパを始め、アラビア、アルメニア、ビザンチン、東洋の写本が数多く展示されています。

チェスタービーティーライブラリー


11世紀ビザンチンの福音書



その後、トリニティカレッジに羊皮紙をおろしているアイルランドの羊皮紙職人ジョー・カッツ氏とライブラリーの一室をお借りして面会しました。カッツ氏はこの道30年のベテラン職人で、羊皮紙の表面処理の仕方をご丁寧に教えてくださいました。

アイルランドの羊皮紙職人カッツ氏






大英図書館写本閲覧室 (イギリス)

アイルランドからイギリスへ飛び、ロンドンにある大英図書館を訪問しました。この日は今回の旅のハイライトで、図書館にこもって実際の中世彩色写本を手にとって閲覧できることになっていたのです。訪問の数ヶ月前から準備をし、英国大使館の方や大学の先生に書類作成などお世話になり、大英図書館の学芸員の方とも何度もメールでやりとりをしてようやく閲覧できるようになりました。ご協力いただいた方々に感謝いたします。
今回の研究テーマは、「時代、地域ごとの羊皮紙の特徴を調べる」というものでした。そのために、9世紀から13世紀までの写本を選びました。閲覧した写本は下記の通りです。

9世紀カロリング朝の福音書
(注:画像がないため、下は類似する写本の画像)

11世紀ビザンチンのギリシア語福音書



12世紀ドイツのヴォルムスバイブル

13世紀フランスのビーブルモラリゼ



上記写本のどれも決して普段手に取れるようなものではないため、閲覧中はほぼ半日のどの渇きもトイレもガマンしてただ写本に没頭していました。1ページ1ページじっくり味わいたいところでしたが、時間制限もあるし、単に見ているだけでは研究にならないので、大英図書館でお借りした厚さ計測器を使ってそれぞれの羊皮紙の厚さを計測し、ファイバーランプを側面から照射することで羊皮紙の表面凹凸をうきださせて、日本から持って行った羊皮紙サンプルと比較するという作業を行いました。

厚さゲージ (0.01 mm単位)


ファイバーランプ (cold light)


* 実際に使った器材のライト部分はもう少しシンプルでした。

羊皮紙は動物の皮を手作りで加工しているわけですから当然全く同じページは1つとしてありません。ただ、彩色の有無や本のサイズにより厚さは大きく異なります。また、ビザンチンの写本は他の写本と異なり、表面がピカピカに磨かれていました。特にビザンチン写本の彩色ページは他のページよりも入念に磨かれており、それが今となっては顔料の剥離という現象を引き起こしています。アイルランドで見たビザンチン写本の羊皮紙も同様でした。

12世紀のヴォルムスバイブルはロマネスク写本を代表するような巨大な写本です。学芸員の方が二人がかりで貸し出し口まで運んでくださり、その後大型本専用の書見台まで自分で運んだ際には腰が痛くなるような重さでした。分厚い羊皮紙が使用されているため一層重さが増します。見開きで一頭分の羊皮紙が使用されているため、302葉のこの写本には151頭の仔牛が使われていることになります。

13世紀フランスのビーブルモラリゼは、フランス王が所有していた「絵解き聖書ダイジェスト」で、全頁に挿絵が入っている超豪華版ゴシック写本です。この写本にも分厚い羊皮紙が使用されています。実際にめくってみて初めてわかったことですが、挿絵と文字は羊皮紙の片側だけにしか入っておらず、ページをめくると空白ページが交互に続きます。羊皮紙を無駄なく使おうという努力がなされていた時代でしたが、一方でこのような贅沢な使い方もしていたのです。

写本を全部見終わった後、すごいものを我を忘れて見たせいか、トイレなどいろいろガマンしていたせいか、どっと疲れが出て半分放心状態になりました。見たこと、感じたこと、記録したことを整理するには時間がかかるとは思いますが、機会があればまとめて発表していきたいと思います。

大英図書館には、その他有名な本が数多く一般に公開展示されています。このような一級品が一度に見られるなんて感動です。ロンドンに行かれる機会がありましたら、ぜひ訪れてみてください。

リンディスファーンの福音書

グーテンベルクの42行聖書

シナイ写本






ウィリアムカウリー羊皮紙工場 (イギリス)

すごい写本の閲覧の翌日、それらの写本を支えている羊皮紙作りの工場へ向かうことにしました。ロンドンから列車で30分+ローカルバスで40分ののどかな町Newport Pagnellに、世界的に有名な羊皮紙ブランド、ウィリアムカウリーの工場があります。

赤レンガの家が並ぶ街並み



工場外観



1870年創業で100年以上の歴史を持つこの工場の現オーナーであるヴィシャー氏は、中世写本の作り方に関する書籍の羊皮紙セクションにたびたび取り上げられる方です。

イギリスの羊皮紙づくりの特徴は、脂抜きの工程で熱湯や水(動物の種類により異なる)を何度も皮にかけることです。熱湯や水を鍋でバシャっと皮にかけてナイフでこそげ落とす作業を繰り返して、完全に脂肪を落とす作業をします。

脂抜きの工程



羊皮紙職人のリーさんはこの道10年のベテラン。
品質チェックをするヴィシャー氏




こんな田舎で、しかも訪れたときは事務の方合わせても5人しかおらず、なぜここから世界に輸出するようなブランドになったか不思議だったのですが、工場内を回ってみて、品質管理の徹底ということがわかりました。羊皮紙には誰が制作を担当したものか印をつけ、最終段階でヴィシャー氏が一枚一枚自然光で点検し、問題が見つかれば即職人にフィードバックするというシステムです。このシステムは創業以来100年以上変わってないのだそうです。


フランス クリュニー中世美術館 〜 国立図書館 〜 国立古文書館

翌日フランス パリに飛び、クリュニー中世美術館を訪れました。ちょうどこのときは、「風呂と鏡展」という特別展が開かれており、フランス国立図書館をはじめ、フランス各地から中世の薬草や化粧、生活に関する写本が多数展示されていました。

フランス国立図書館蔵
15世紀写本 Livre des simples medicines


フランス国立図書館蔵
15世紀写本 Faits et Paroles memorables


ルマン Mediateque Louis Aragon蔵
15世紀写本 Missel a l'usage de Nantes



ルーブル美術館蔵
La belle Florentine (木像)


上のような写本を求めて、国立図書館まで訪れました。しかし、閲覧登録をしてないので当然写本閲覧室には入れず、また大英図書館と異なり写本の展示も一切なかったため、ここでは写本を見ることはできませんでした。でも閲覧室の一歩手前まで来れたことで、今度来るときはきちんと閲覧申請して来ようという新たな決意ができました。

フランス国立図書館(リシュリュー館)

写本閲覧室入口


その後、国立古文書館まで足を伸ばしました。ここは古文書館だけあって羊皮紙写本や公文書が展示されており、見ごたえがありました。ただ、展示されているものはごくごく一部で、多くの古文書は書架に大切に保管されています。
外観

古文書の展示




フランス コンデ美術館

ベリー公のいとも豪華なる時祷書



パリから急行列車で30分、郊外のシャンティイという町にコンデ城というお城があり、現在は美術館になっています。

       

ここには、最も美しい写本といわれる「ベリー公のいとも豪華なる時祷書」が収められています。しかし、一般には公開されておらず、申請しても閲覧はほぼ不可能ということです。日本からメールでなんとか見せてくれないだろうかと打診したのですが、ファクシミリ版の展示もあるし、DVD-ROMも販売しているのでそれでガマンしてくださいとの回答でした。

美術館内の図書展示室




16世紀初めの写本
「言葉のない愛の物語」





ベリー公のいとも豪華なる時祷書のファクシミリ版





細密画家の巨匠ジャン・フーケのミニアチュール



ここにあのベリー公の時祷書が眠っているんだという思いにひたりながら、美術館をまわると、実際の彩色写本も数冊展示されていました。また、細密画家の巨匠ジャン・フーケのミニアチュールを40点展示している部屋があり、思わぬところですごいものに巡り合えたことに感動しました。さすがに巨匠だけあって、実物を見ると金泥で描くハイライトのラインがこれ以上ないほど細く繊細に描かれており、他の色も細部にわたって迷いのない筆致で描かれていました。写真では特に金泥のハイライトは膨張して見えてしまうのですが、肉眼で見ると巨匠の技に圧倒されます。



ベルギー 〜ブリュッセル、ゲント、ブルージュ〜

15世紀になると、当時ブルゴーニュ公国であったフランドル地方で写本芸術が盛んになります。フランドル地方といえば、ヤン・ファン・アイクやファン・デル・ヴァイデンなどのフランドル絵画の巨匠が活躍した場所ですが、彼らも彩色写本を手掛けていました。また、ゲント・ブルージュ派といわれる彩色写本の流派の活躍の地でした。


ゲント 聖バーフ大聖堂



ブルージュ風景

ファン・アイク
ゲントの祭壇画



ゲント・ブルージュ派の写本


首都ブリュッセルのグラン・プラスにある「王の家」にもいくつか中世の写本や羊皮紙の公文書が展示されています。

王の家 (博物館)




アイルランドのケルト写本からイギリス、フランスを経てベルギーのフランドル写本まで、6日間急ぎ足でしたが、文字どおり朝から晩まで十分すぎるほど味わうことができました。改めて、何百ページもある分厚い本を一文字一文字書き写し、さらに絵を描き、金泊を貼るというとてつもないことを数百年続けてきた昔の人は本当にすごいと思います。羊皮紙を追及して数年経ちますが、まさに人間の歴史と芸術の変遷をたどることができ、羊皮紙研究の深さと広さを実感した旅でした。

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